文字に乗せる恋

※Twitterで140文字の恋を繋げて書いてみました。
章ごとに区切っていますが内容が繋がっている箇所は一番最初のサブタイトルが同じです。

 

 

文字に乗せる恋

 

 


5時間目の共学授業。先生の子守唄、クラスメイトの欠伸、ノートに走るミミズ文字。あと、後ろから聞こえる寝息。
人目を盗んでちらり。机からハミ出してる左手。近寄る影。
「おーい藤代、そろそろ起きろー」
「んぁー?」
掠れた声。
木曜日5時間目、私の好きな時間です。


昼ご飯を友達と食べて、普段なら急がない移動を始める木曜日。
誰も来ていない教室の前で立ち止まって深呼吸。今日も、後ろの席の藤代くんにドキドキするんだ。気持ちが見えませんように。
「あれ、入らないの?」
横から入ってきた声に肩をはねる。逞しい腕が扉に伸びていた。
「笠井くん」


すらりと伸びた細い指が扉の番いを摘み横に引くいた。教室の中は日差しを吸い込んだ空気が漂っていた。最初の一歩を躊躇していたら、シャツを捲った筋張った腕が目の前をぶらぶら。
「えっ?」
「いいよ、先入って」
誘うように、逞しい腕が中を指す。焼けた腕が眩しくて、思わず目を細めた。

秘2
授業が始まるには早過ぎる。私と笠井くんは机に荷物を下ろしたけれど、なんとなく座る気にもなれずにいた。笠井くんが教室の窓を開けていく。倣うように慌てて開けに行くと同じ窓の前に立った。
「あ、誠二だ」
「えっ」
名前に反応し覗いた窓には何もなくて。悪戯顔に謀られた事に気付いた。

秘3
「あ」
顔に熱が集まる。恥ずかしく悔しく俯いた私の耳に届いた笑い声。恨めしそうに見れば、釣り気味の目が優しい色を映していた。午後の風が髪を撫でていく。
「からかってごめんね」
こちらを窺う声に首を振った。
「いつから?」
「ずっと前から知ってたよ」
「ずっと、前?」
「うん」


木曜日、5時間目前の昼休み。
「こんにちは」
「今日は早いね」
「笠井くんより早く着きたくて」
「なにかの競争みたい」
「ね」
自分の席に荷物を置いて、一番後ろの窓際の笠井くんの席で、他愛ない話をする、そんな時間が当たり前になっていた。そしてそれは、藤代くんが来て終えるのだ。


今日は何を話そう。友達の事、宿題の事。さっき受けた日本史の出来事、なにがいいだろう。悩みながら教室に迎えば、教科書を置いた机に腰掛けた後ろ姿。襟足をさらりと揺れる黒髪。
「最近よく話してる子誰?」
「え?」
「って誠二が聞いてきたよ」
目を細めて言われて、思考がフリーズした。

蜜2
よかったね、と笠井くんが言ってくれた言葉が右から左に流れて、隠れていた心音が騒ぎ出す。潜んでいた欲が騒ぎ出す。
「他は? 他に何か聞かれた?」
目を見開く笠井くんに両手を祈るように握りしめて尋ねると、おかしそうに笑われた。
「本当に誠二が好きなんだ」
そう言って、俯いた顔は。


木曜日、五時間目前の昼休み。
「あれ?」
ガランとした教室に少しの違和感。時計を見ればいつも通り。首を傾げて教科書を席に置く。窓際の席に一人で立つ気にもなれず、腰を下ろして待つ。
少し暑い教室でぽつんと待っていると、扉が開いた。
勢いよく見たその姿に、落胆の溜息がこぼれた。

憮2
ぞろぞろと増える授業を受ける子たちの輪に入る気にも慣れなくて、机に突っ伏して眠る。ざわざわ、聞きなれた女の子の声、珍しい男の子の声。廊下の向こう側から近づいてくる、この声は。
「テスト近いけどさー蹴りたいよなぁ」
「お前だけだよ」
「えー」
ああ、ドキドキする。藤代くんの声。

憮3
寝ていられず、背筋を伸ばして黒板の方を見る。扉なんて見られない。入ってくる男の子達の声が、近づいてきて。そこに聞きなれた人の声がなくて。緊張した気持ちの中に寂しさがちらつく。 予習するふりして教科書を開いて真面目な子のフリ。後ろに感じる気配、藤代くんの声。肝心な時にいない人。

憮4
ふいに叩かれた肩に体が震える。緊張した面持ちで振り返って私の頬に感じる、人差し指の感触。
「引っかかったー」
「っ…!…っ…!」
間近に見えた藤代くんの笑った顔に、周りの男子の視線。刹那歪んでしまった顔を隠そうと机に突っ伏する。
「え、ダメだった? ごめんって」
悪気ない声。

憮5
「ねーねー、機嫌直してよ」
背中を揺すられるけど、起き上がれない。起き上がれるわけがない。
こんな羞恥で首まで赤くなった、情けない表情から立ち直れない顔、藤代くんに見せられるわけがない。他の男子の声が、余計可哀想だと言っている。
こんな時、笠井くんがいてくれたらよかったのに。


扉の前に立つ、木曜日の昼休み。先週、結局笠井くんは体調不良で早退したらしい。
(今日は)
居てほしいと願いながら扉を開けるけれど、誰もいなかった。自然と落ちた肩をままに、席に教科書を置く。ガタリ、扉の開く音に勢いよく振り向く。
「笠井くん」
首を傾げた彼を前に感じた想いは。

悠2
「最近一番持っていかれてばっか」
入り口から窓際へ進む笠井くんの捲った袖をじっと見つめる。肘に皺が走っている。きょとんとした顔に見つめられる。
「笠井くん、元気になったんだね」
「熱出しただけだから」
肩を竦めて教科書を机に置いた彼の隣りに並ぶ。この安堵感は一体なんだろう。

悠3
「先週、誠二が話したって言ってたよ」
笠井くんの言葉に曖昧に答える。あの出来事は正直あまり人に話せるような事じゃないから言いにくい。窓際の手摺りに背中を預けて上履きを見る。
「接点持ててよかったね」
人の気も知らないで言葉を続けないで、お願い。そう思う私も彼を見ずに返事する。


木曜日五時間目。先生の子守唄に舟を漕ぐ周りの皆。後ろの席に意識がいくのはいつもだけど、今日は少し違うことがあった。寝息が聞こえない――藤代くんが起きている。
先生がプリントを配り始めた。前の子から貰い一枚抜いて緊張しつつ後ろを向く。
「ん」
紙を渡したとき、中指が少し触れた。


前の授業で触れた指の感触が忘れられない。きっと藤代くんにとってはとてもどうでもいいことなのかもしれない。授業を受けながら、思った。”たったそれだけ”に意味を見出すことが出来るのは素晴らしいことだろう――ノートの端に隠すように小さく書いて、次のページを捲った。いいこと書けた。


木曜日五時間目。まさかの大失敗を犯してしまった。 眼前のプリント、カッコの間に走る青ペンのミミズ。さぁっと血の気が引き開いた口が塞がらないなか、チャイムが鳴った。後ろ席に来る人影。
「はい」
すらりと細い指が、ノートを差し出す。顔を上げたら、困り顔の笠井くん。
「ありがとう」


借りたノートを持って向かう木曜日、5時間目。
「あ、来た来た」
ガラリと開けた扉の向こうに居たのは待ち人ではなく好きな人。一瞬で思考を飛ばしてくれた刺激物。
「か、笠井く」
「タクのノート貸してー」
質問に被せられた言葉に理解する。席についてノートを差し出す。
「ありがと」

愕2
沈黙に耐えられず、声を出してみる。
「珍しいね、藤代くんがこんなに早く来るの」
声が上擦る。
「んーいつもはサッカーしてるけど、ノート写さないといけないし、頼みのタクは貸したっていうし、仕方なく?」
「そ、そうなの」
「仲良いよね」
「え?」
「彼女みたい」
あ、胸が痛い。

愕3
「彼女みたいかな……」
「うん。てか違うの?」
「うん」
「じゃ、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど」
「じゃあ好きなんだ!」
「好き……?」
藤代くんの質問に言葉が詰まる。私が好きなのは藤代くんなのにどうしてそんな事平気で言うの?
こんな顔してるのに、何で気付いてくれないの。

愕4
「好きだけど、そういう好きじゃないよ」
「トモダチ?」
「うん…」
なんでこんな事。
「じゃあさ、俺の事どう? 好き?」
聞かれた言葉に胸の奥がズキズキと痛む。
「まだあんま話したことないけどさ、俺もタクみたいに好きになってよ」
トモダチとして。聞こえない言葉が突き刺さった。

愕5
そんな事言われるまでもないよ。好きなの、藤代くんが。うんって返せる訳ない。
「…そうだね」
何を肯定したのか曖昧なまま返しても、藤代くんは気にする素振りもない。 ああ、そういうくらいなのは分かってたけども。やっぱり辛いなぁ。
「笠井くんに返して貰っていい?」
会話が辛かった。

愕6
「あ、タク」
藤代くんの言葉にふと顔を上げれば、すぐそこに笠井くんが立っていた。二人は目を合わせた。それから笠井くんが藤代くんのノートを見る。
「もういいだろ、返せよ」
「え! 無理ダメ意地悪!」
並んだ単語に呆れる笠井くんと目があった。
「ありがとう」
そんな顔、しないで。


あの時の笠井くんの怪訝な顔を思い出す度に、失敗したと思う。眉を顰めて窺う目が、私の表情がどれだけ情けなかったかを表していたようで。 ああ、気が重たい。
俯き溜め息をこぼして、扉の前に立った。
今日は木曜日、5時間目前の昼休み。 笠井くんはいるかな、それともくるかな。
ガラリ。

回2
笠井くんは既に教科書を席に置いていた。席に座ったまま、私に挨拶をしてくれた。気持ち早足で席に教科書を置いて、窓際の笠井くんの席まで移動する。
「今日は先越されちゃった」
話しかけたけれど、返事がなくて。首を傾げていると笠井くんが隣りに並んだ。
「誠二、彼女出来たって」
え?

回3
頭を金槌で打たれたような衝撃が走り、胸がずきずきと痛みだす。心拍数が上がっているのとは違う、頭に響くようなドクドクと響く音。鼻がツンとして苦しい。目が泳ぎ、無性に泣きたくなった。でも、それと同じくらい感じる恨むような感情。
「なんで」
「え」
「何で言うの、聞きたくなかった」

回4
笠井くんの顔はみるみるうちに青くなった。構わず私は続けた。
「誰が知りたいって言ったの。私が可哀想だって思ったから?」
「それは…」
「そんなのただの偽善者じゃない」
――言い過ぎた。
ハッとして笠井くんを見たら、青い顔のまま静かに目を伏せて小さく唇を動かした。
「ごめん」


それから気まずくなって離れるように席に戻った。笠井くんの言う通り藤代くんは彼女が出来たらしく浮かれて教室に来ていた。後ろの席でメールを隠れて打つ音を聞きながら私は失恋を実感した。
悲しい気持ちが授業中なのにやってきて、苦しくなって机に顔を伏せた。
この席が嫌になった。


木曜日五時間目前の休み時間。
今までは早めに行っていたけれど、なんだか気が退けてしまい授業開始ぎりぎりに行くことにした。先週の笠井くんへの申し訳なさはあったけれど、謝る気になれなかったから。 私は後ろの席を意識しないように努めた。あと、窓際の席の人のことも。要するに逃げた。


それから何度も木曜日がきた。
藤代くんに対しての感情が薄れてきたとき、私はふいに笠井くんに謝りたくなった。あの時は辛い気持ちで一杯だったけれど、今思えば優しさだったのだ。そう思ったら思うほど、ますます申し訳なくなって私は謝ろうと決意した。
久しぶりに教室に早く着く。緊張する。

謝2
深く深呼吸を繰り返して、扉に手をかける。笠井くんはもう早く来ていないかもと思ったけれど、それは自惚れのような気がしてその考えはすぐに消した。そうっと引いた扉の向こうに、笠井くんは変わらず居た。
窓の方を見ていた目がこちらに向いて、あ、と言った。言わなきゃ、言わなくちゃ。

謝3
「こ、こんにちはっ」
勢いよく話しかけたら声が裏返った。笠井くんもどこか緊張したように返事をくれた。荷物を持ったままそちらに向かう。
「ごめんなさい!」
言葉と一緒に頭を下げたら、数秒後に慌てた声が降ってきた。
「えっなにが? どうしたの」
優しい笠井くんの声にほっとした。

謝4
笠井くんにきちんと理由を言うと、首を振ってこっちこそごめんと謝られた。なんだかキリがないねと言ったらそうだねと返ってきて、気がついたら一緒に笑っていた。
「藤代くんのことは、もう大丈夫だから」
「そうなの?」
「うん。…早く新しい恋したいな」
言えば、笠井くんはそっか、と呟いた。


夏休み前の期末テストが迫った梅雨明け目前の木曜日。
昼休みの後半、いつものように私は教室に向かっていた。
あれから笠井くんとまた沢山話せるようになった。勉強の事、サッカーの事、趣味の事、あと、将来の事。
扉を開いて視界に飛び込んできた光景に、弾んでいた心が一気に沈んだ。誰だろう。

転2
「あ」
笠井くんがこっちを見た。その前の席にいた女の子がこちらを振り向く。見たことのない子だった。
「こんにちは」
目が合うとその子はにこっと笑った。そして、彼女は黒板上の時計を見ると慌てたように席を立ち笠井くんの方を見た。
「じゃあ、またあとで」
その言葉に私はひどく傷ついた。

転3
はいはい、と慣れたようにあしらう笠井くんに手を振った彼女は私の横を会釈しながら通り過ぎた。なぜか私の心はとても動揺していた。
「どうしたの? 席座らないの?」
尋ねてくる笠井くんを見るのが辛くて、でもどうしてだかわからなくて。痛みをごまかすように笑って、私は席に向かった。

転4
窓際の席に向かう途中、さっきの子が座っていた席を見て胸がざわざわした。一体誰なんだろう、笠井くんと親しそうだった。気になってしょうがない。
けれど私はそんな事笠井くんに尋ねる勇気もなくて何でもない会話でその日は終わってしまって。
来週聞いてみようと思っていたのが間違いだった。


机に教科書を置いて、移動することなくそのまま座る。次の週から、笠井くんが早く来なくなった。
何でだろう、と思っている自分の心の隅であの日の子が浮かぶ。もしかして、もしかしたらあの子は彼女だったのかもしれない。思い至って、胸がずきりと痛む。何でこんな苦しくて悲しい気持ちになるの?

想2
ぎりぎりと歯を噛みしめて苦しみや悲しみを堪える。
この感情は――。
なんで笠井くんに彼女がいるかも、って考えるだけでこんな変な気持ちになるの。胸の奥がぎゅっと摘ままれるような痛みに眉が寄る。
どうして――。
彼女がいるかもしれないと解ってから、どうして私は好きだなんて自覚するの?


「テスト終わったぁああ」
チャイムと同時に後ろの藤代くんのはしゃいだ声が教室に響く。先生が退出して、タクーと呼ぶ声に胸が騒ぎ出す。私は図書室に向かうべく教室を後にした。
「明日の試験勉強一緒にしよーぜ」
「あ、今日図書館行くから」
「えー!?」
藤代くんの声しか聞こえなかった。

字2
図書室入り口から一番奥の窓際。席に座り明日テストの教科書を広げる。赤シートを被して空白部分を書く。次の空白がわからずシャーペンで額を叩いていると、隣りの椅子が引かれた。誰だろう、と横を向くと笠井くんがこちらを見ていた。小声で「いい?」と尋ねられて、私は驚きながら必死に頷いた。

字3
隣りの人の気配を意識しすぎて試験勉強がおざなりになってしまう。黙々と勉強する笠井くんに気がいきすぎて、暗記しようとしたものが右から左に抜けていく。焦って前のめりに教科書を見ていたら、鼻で笑われた気がして振り向いた。
笠井くんがノートにすらすら文字を走らせる。『前のめりすぎ』

字4
『集中してたの』
自分のノートに書いたら、笠井くんがそれに被せるように自分のノートを乗せた。
『目悪くなるよ』
『視力良いから大丈夫だよ、お母さんみたい』
そう書いたら、お母さんの下に線を引かれて矢印が伸ばされた。
『お母さん以外がいい』
その言葉に咄嗟に浮かんだのは、私の願い。

字5
『じゃあ』と書いてから少し躊躇って、それから再び文字を書く。
『面倒見のいい彼氏みたい』
書いてから、冗談にしようと思って後ろに『笑』って書こうとしたペンに笠井くんのペンがぶつかる。それから『みたい』に取り消し線を引かれた。
目に入った文に、私の心臓がドクドク忙しなく走りだした。

字6
笠井くんのペンが再びノートに走る。上矢印を書いて、それから。
『彼女になってくれる?』
誰の? と心の中で尋ねている私の耳に届いたのは紛れもない笠井くんの声で――好きです。届いた言葉に首から耳まで真っ赤になる。
私も好きだよと耳元で言えば、笠井くんも首から耳まで赤くしていた。


昼休み。
窓際に並んで二人で話しているとき、そういえばあの子は一体誰だったのだと聞けば、藤代くんの彼女だったらしい。曰く、相手と喧嘩して会いたくないからやって来たらしい。
「なんであの後来なくなったの?」
「それは」
この時間と場所を邪魔されたくなかったからだと言って彼は笑った。

 

 

 


このあと二人で静かに笑い合ってて欲しい。
[2014年5月15日]