ごく微量のロマンス

ごく微量のロマンス

 

 

『今夜は、深夜から明朝にかけて台風が接近して…』

 灯りも消した1DKの暗闇の部屋に、テレビの光が眩しく光る。そのテレビの向かいの三人掛け用ソファに私は座っている。正確には座っているのではなく、ソファのヘリに頭を凭れたまま横に眠ってしまっていた。

(重い……)

 一人で眠っていたはずなんだけどなぁ。
 仰向けの体にのしかかるそれを確認しようと、私は眉間を寄せ僅かに開けた眼で確認した。
 視界に入ってきたのは素肌が剥き出しの肩、それを辿るように見れば筋肉の筋の綺麗な首。左の首元に感じる熱い空気はその人が出している寝息で、頬に感じる甘く刺すような感触はこの人の見た目以上にやわらかい銀髪のせいだ。腹の上に腕を乗せられ、左足を挟むように両足が絡まってる。おかげで右足はソファから落ちて床についてしまってる。
 左側の腕や足に感じる痺れから、この態勢で居続けるのはあまりよくないことがわかる。こんな小さなソファによくも大きな身体を滑り込ませてきたなあ。
 右側を向けば、部屋の窓を殴るように風が通り過ぎていく。今夜はずうっと騒がしいだろうな。
 台風なんて、何度も来ているのだから、別になんにも怖くなんてない。

——今夜、今年最大の台風くるって。一人だと怖いね、誰かと一緒にいようかな。

 仕事という大義を使ってなかなか会いに来ない相手に意地悪を言ってみたくなった。
 メッセージを打って、すぐ画面が見えないように裏返す。返信なんてこないことも既読だってつかないことくらい分かってる。
 それに、もしメッセージを読んだところで、どうせ高専か自分の家に帰るに決まってる。――私の優先順位なんて、悟にしてみればきっと一番以外に決まっているのだから。
 そろそろこの恋も終わらせようかな。半ば諦めに似た思いで打ったメッセージに、まさかこんな結末が待っていたなんて。
 ——誰か知っていたのなら、教えてくれたらよかったのに。

「…ん」

 カーテンを閉めにいこうと、まるで抱き枕のように抱き締められていた腕から離れようと体の左半身を動かせば、鼻を抜けるような声が小さく漏れた。思わず首を捻る。

「んん…」

 低く少し掠れた声がテレビの音に混じって聞こえて。液晶画面の光で見える相手のすこし眉間の寄せられた顔と、何かを求めるように伸びてきた手とか。答えるように指を絡めて、私はほんの少し笑ってしまった。銀髪の隙間から覗く耳殻に顔を近づける。

「さーとるくーん」
「……」
「起きて、風邪ひくよ」
「そっちじゃないの、風邪ひくの」

 珍しくだみ声の相手に思わずふふっと笑う。悟の綺麗な目がじいっとこちらを観察するように見返してくる。
 ソファに腕をついて上半身を起こすと、当たり前だけど悟の頭がずるりと落ちてソファのへりとの溝に沈み込む。仰向けの彼と顔を合わせる。

「なんで来てくれたの?」
「怖いって言ったでしょ」
「……そ。ありがと」

 いつもなら来ないくせに。
 浮かんだ気持ちを声に乗せることはやめた。だって、あの気まぐれな悟が来てくれたんだもの。

「あと誰と浮気してるか気になって」
「うっそだー」
「あんな意味深なメッセージ送られて平気だと思う? しかもこっちが何送っても既読にならないから」

 いつの間にか首の後ろに手が回されていて、起こした上半身がまたソファへと近づいていく。唇が触れたら、いつの間にか頬に手を添えられていた。何度も短いキスを交わして、鼻先をくっつけた状態で、悟が笑った。

「僕に嘘ついて心配かけさせた分、高くつくよ?」

 瞳がすうっと細められる。その意味することがわかって、この後を想像して、胸の奥がこそばゆく揺れる。

「望むところ」

 だって今夜は台風。どうせ外も騒がしくて眠れないに決まってる。

 


[2021.04.03](過去投稿した別話をリメイク) タイトル『afaik』様より拝借。