旋風/暁雲

旋風

 

 兎角、事は早急であった。
 とうの昔に動物たちの棲み処となった家屋の中で、五人は頭を突き合わせる。どの紺色の忍装束からも疲労の色が滲み出ていたが、目には光が宿っていた。
「さぁて、どうする」
 口布を左手でぐいと下ろしながら、どんぐり眼の彼が一同を見回す。
「逃げるのが一番だろう」
 長い鼻柱を口布で隠した彼が、甚く冷静に決断を下ろした。その隣りで同じ相貌をした一人も頷く。
「奪われる心配の代物も一切ない。そうだろ」
 彼らの頭の中にこそ、今回の任務で目的だった情報は叩き込んである。各自に分担された任務を遂行しているので、全員がそろわなくては今回の目的は達成された事に成らない。
「そうだな、俺たちが無事学園へ帰る。それだけだ」
 自ら進んで挑戦する必要はない。やむを得ない事態以外は極力戦いは避ける。一同は大きく頷いた。
「悠長にしてる暇はないな。先ず、二人が陽動を仕掛け、その隙に三人が裏から逃げる。うち一人は先生に報告に走る……陽動は私が請け負うよ」
 三郎が名乗れば、雷蔵も右に頷く。
「僕も行く」
 三人は賛同した。
「先生の所には俺が行くよ」
 長い睫毛を瞬かせた兵助が向かいの三郎を見遣る。右の八左ヱ門から投げられる視線は無視した。
「迂回するぞ。保(も)つのか?」
 最短距離で行けば、向こうにも手の内を晒すこととなる。できれば極力相手に学園の場所は悟られたくない。
 兵助は五人の中では三郎に次いで身が軽い。足も勘右衛門、八左ヱ門の三人から言えば兵助が抜群だ。ただ、問題は速さではなく持久力である。もしも敵と遭遇すれば体力も減るだろう。そうなれば教師への救助すらままならなくなってしまうだろう。
 では次に速く兵助より持久力もある勘右衛門はどうか?――彼は今右腕を矢で射られ負傷している。本人は平気なふりをしているが、口布を下げたところ見ると呼吸も苦しいのだろう。今無理をすれば後々厄介になりそうな傷だった。
「俺が適任だ。任せろ」
「兵助」
「ううん、大丈夫だから。八左ヱ門、勘右衛門の右、任せたよ」
 応、と答えた低い声音につい引かれるように隣りを見る。兵助の目をじっと食い入るように見つめる八左ヱ門に自然首が回る。
「八左ヱ門、心配は兵助に失礼だよ」
 雷蔵が八左ヱ門の腕を掴みを諫める。勘右衛門以外口布で隠れているというのに、苦笑しているのが伝わってきた。
 八左ヱ門はぐっと奥歯を強く噛んだ。雷蔵の言っている道理はわかる。信頼していない訳ではないのだ。けれども、どうしたって兵助の事が心配になるに決まっている。それだけ相手の事が大事なのだから。
「俺も、お前のことを心配すればいいのか?」
 普段の兵助ならつい短気を起こしているのに。
 戦場を見てきた後だからか、それともこんな状況だからか。彼の目にはどこか悟りに近いものがあった。八左ヱ門を同情するような節のある、憂いに似たものが。
 はっとして、八左ヱ門は小さく首を振った。そして悪い、と溢した。
 兵助も八左ヱ門が心配で信頼していても不安で、けれども決して相手にそれを言わずそして悟らせまいとしているのだと、気づいた。
「あぁもう本当俺ら集まるとツイてないなぁ。巻き込まれるなんてさぁ。帰ったら一杯やろう」
 空気を変えるように勘右衛門が明るく伸びやかな声をだす。
「そうだな、それくらいしても構わんだろう」
「じゃあ、学級委員とっておきのを楽しみにしてるから」
「えっ、雷蔵知ってたの?」
「ふふ、まぁね。侮らないでくれよ」
「その前にきっと俺たち寝てるよ」
「いーや、寝る前に一杯やらないと気が納まらん」
「勘右衛門は多分、保健室に行かないと善法寺先輩が立腹するだろうね」
「げー」
「絶対連れてくからな、行かなきゃ俺が叱られる」
 和やかな空気が僅かの間だが漂う。
 勘右衛門が再び口布を覆う。皆懐や袖に手を差し込み各々得意とする忍具を握りしめた。空気が引き締まる。
 五人の視線が混じったのは一瞬だった。
 風雷の如く、彼らは散った。