きらきら、ちかちか

きらきら、ちかちか

 

※五条の幼馴染、同級生

 

 パァン、空気を破る音と共に筒状から飛び出した大小とりどりのハートや星形にくり抜かれた紙ふぶきの向こう側に見えた二つの相貌は、目を丸くした後片方は不愉快さを露わに、もう片方は困り顔を作った。そして、クラッカーを鳴らした本人は、般若のように目くじらを立てた。
「なぁんで硝子がいないの! さっき呼んできてくれるって言ったじゃない!」
「先に傑呼んできたんだけど。つーかまず相手見てから打てよ早とちり」
 幼馴染み同士の詰り合いのあいだに、ひらひらとゴールドやメタル色の強い紙切れが地面に落ちていく。夏油は二人の睨み合いの間に室内に入り込むと、床に散らばった星やハートを拾い出した。そんな彼の様子にハッとした彼女は手に握っていた三つのクラッカーを鍋の置かれたテーブルに置くと倣うように拾い出す。「ごめんね」と彼女が謝罪するなか、五条は身を屈めた二人を黙って見下ろしてから
「じゃあ俺、外でも見張っとくわ」
 扉の前から一歩も動くことなくくるりと背を向けパタン、と戸を閉めた。
 彼女は幼馴染みの消えた戸を一瞥して、すぐにちり紙と化してしまった紙を拾う作業にかかった。一つのクラッカーでも散らばると言うのに、三つ同時に開けたものだからベッドの隙間にまで散らばってしまっている。
 夏油が黙々と手を動かしていると「これ、硝子が来たら紙吹雪にできないかな」彼女が片手で星に切られた紙を拾いながらぽつりと呟いた。
「硝子にかけるってこと?」
「うん、こうさ、花咲じいさんみたいにえいやって」
 片手を持ち上げ投げる素振りを見せた彼女に夏油は可笑しそうに笑う。彼女の例え方にどこか幼さを感じたからだ。
「そういうの、コンフェッティシャワーって言うんだよ」
「コンフェッティ?」
「そう、結婚式で新郎新婦を祝福する際ゲストがかけるもの。花びらだったり米だったり、こういう紙を投げるんだよ」
 丁寧に説明すれば彼女はそうなんだと頷き、関心を強く持ったようだった。
「そんな素敵な演出があるんだ」
「知らない?」
「うん、私、結婚するとなったら白無垢で神社って決まってるから」
 夏油は拾う手を止めて近くの彼女を見下ろした。床に視線を投げたまま、彼女は手を動かしている。
「うち、術師家系だから。そういう家の繋がりとか、自分で決められないから。悟も同じだよ」
 夏油は淡々と自身の処遇について語る彼女の言葉と様子を観察していた。彼女は既に環境を受け入れている節がある。抗おうとなど、微塵も思っていないのだろう。
 鼻先に何かを感じ、彼女は顔を上げた。真向かいで動きを止めこちらを見ている夏油と目が合う。その、何か含むような視線に思わず胸の奥がどきりと揺らぐ。
「なあに」
「いや、私と結婚したら、ウェディングドレスを着せてあげられるのにと思って」
 夏油の言葉に彼女は目を丸くさせた。
「……夏油くんと、結婚したら」
「そう、そしたらフラワーシャワーでもコンフェッティシャワーでも好きなもの選ばせてあげる」
 彼女は自身の体温が内側から熱くなっていくのを感じていた。ドクドクと高鳴る。それはそうだ、片思いの相手にそんなことを言われて、喜ばない人はいないだろう。けれど、すぐに彼女は熱くなっていく感情に待ったをかけた。こんな事を軽々しく言うということは、相手は本気で言っていないということだから。わざとらしく、彼女は腕を組んだ。
「夏油くんと結婚できたらドレス着れるのか、悩む〜」
「新婚旅行も海外に十日間休みとって行こう」
「それ最高じゃん、夏油くん採用」
 照れ臭さを隠し、相手に合わせるように彼女は軽口で返しながら人差し指を夏油へ向けた。指先の先にいた夏油はその華奢な指を見、すぐに視線を彼女へ動かした。
「試してみる?」
 微かに笑みを浮かべた相手にドキリとしたのも束の間、夏油が彼女のそばへ近づいた。きょとん、としている間に眼前にひらひらと光沢のある紙が降ってくる――それは先から二人で拾い集めていたクラッカーから飛び出した欠片で。
「ほら、こうやってみんなに祝福されるんだよ」
 降ってくる紙の向こう側にみえる夏油の微笑みが、紙切れが煌びやかで眩しい。ドクドクと心臓が高鳴る。彼女は咄嗟に、屈めていた腰を上げて自身も集めていたそれを夏油の頭上からヒラヒラと落とした。
 夏油の束ねた髪、トレーナーに欠片が乗る。彼女の挙動に夏油がきょとんとしていると「これじゃあ」頬を赤くした彼女が上ずった声を出した。
「私だけお祝いされているみたい、夏油くんが新郎なら一緒にかかってくれないと、こまる」
「……ふふ、そうだね」
「で、でしょ」
「でもこれじゃあ全部台無しだね」
 少しの間のあと、二人は合わせたように笑いを溢した。それから二人の間に散らばったコンフェッティを今度は落ち葉のように掻き集める。本日の主役がもう間も無くやって来てしまう。
 部屋に散らばる全てを拾うことを諦めた二人は、テーブル周辺に場所を絞り集めることにした。
「こういう散らばるやつじゃなくてクラッカーにテープがくっ付いてるのにすれば良かったね」
 何でもいいかと無計画にクラッカーをカゴに放り込んだ彼女が反省を口にする。
「次回に生かすしかないね」
「次?」
「来月、悟の誕生日だから」
 夏油が言えば彼女はああ、と得心がいったという顔をして、それからきゅっと鼻皺を立てる。「手伝ってくれない奴のお祝いなんてしたくないなぁ」不満を漏らす相手に夏油の心は密かに喜びを抱きながらも感情を表面に出さないよう努めた。何故なら、その想いは秘めておかなければいけないからだ。顰めしい面を見せているけれど、彼女にとって五条悟は幼馴染みであり、それ以上の関係だから。
「そうもいかないんじゃない? だって婚約者じゃないか」
「……え、悟が?」
 向かいで欠片を集めていた彼女の口から嫌そうな声が聞こえ、夏油は視線を上げた。心底信じられない、と言いたげな顔で彼女がこちらを見て首を微かに振っている。
「違うよ、悟には私じゃない許嫁がいるし」
「へぇ、でも君にも」
「私はそういう相手は、いないけど」
「……いない?」
 微かに頷いていると、息を吸う音すら聞こえる近さにいる相手から手が伸びてきた。彼女が息を詰まらせていると、その手はそうっと右肩に触れた。カサ、と紙切れが指先に挟まれている。
「ありが」
「待って、髪にまだ付いてるから」
 言って、夏油は彼女の旋毛を覗き込むように顔を近づける。
 グレーのトレーナーが鼻先まで近づいて、彼女はそこからほのかに香ったメンズのボディソープの匂いにくらっとした。そうしてぞわっと肌が立つ。髪に指が差し込まれた。緊張から身が縮む。好きな人に触れられているという事実にじっとしているだけで精一杯になる。まだ取れないんだろうか、息が苦しくなっていると耳殻をなぞるように何かが優しく触れた。
 と。
 戸がガチャリと開いた。
「なぁ、もう終わった?」
 五条が戸を開くと、二人は掻き集めた紙を挟むように正座していた。怪訝そうに見遣ろうとする五条を尻目に、幼馴染みが片足を立て立ち上がった。
「硝子、呼んでくるから」
 すれ違いざま見えた真っ赤な顔をちらりと見つつ、五条は夏油へ視線を向けた。
「で、何」
「あの子は白無垢よりマーメイドの方が似合うよ」
 は? という五条の言葉を夏油は無視してさまざまな事を思案した。だから何が、なんて友人の声など気にかけていられない。
 だって、この恋はいま始まったばかりだ。

 

 


Twitter投稿 2022.10.22 →2023.1.21 サイト掲載