やさしさの原材料

やさしさの原材料

 

 

 駅の待合室で、夏油は一人電車がくるのを待っていた。
 一日に乗車できる電車の数がたったの5本しかないらしい。こんな僻地からの帰りは普段なら補助監督が同行しているので車で移動させてくれるというのに、今回に限って「緊急の案件が発生した」として昨夜のうちに東京へ引き返してしまった。夜中に近いにも関わらずこれから出発しなければいけないという。宿泊した部屋の扉の前で只管頭を下げる補助監督に、夏油は討伐し終えているし、後は高専へ帰ればいいだけだからと首を振った。
 電車がくるまで大分時間が余っている。かといって、どこかをぶらつけるような場所すらこの田舎には存在しなかった。鄙びた木造建築の狭い一室には古めかしいベンチとパイプ椅子が設置されていて、木枠に嵌めこまれた窓からはしとしとと五月雨が降っている。腰かけたパイプ椅子が固く、座り心地を直そうと夏油は腰を揺らす。左腕に引っ掛けていたビニール袋がガサリと揺れた。
 中には今朝宿泊したホテルの一階に置いてあった土産コーナーの品々。

——遠方に行くならお土産買ってきてよ。

 調子よく安請け負いするんじゃなかったと、少し夏油は後悔した。本当の田舎には何もない。手土産にもなるような品々というのはある程度人が集まる、所謂観光地として名が馳せている田舎でしか置いていないのだ。

——兄ちゃん、悪ぃけど、こがな田舎でエエもんなんて買えるぅ思わんほうがええぞぉ。

 宿泊したホテルの売店の壮年男性が夏油に助言する。古くさそうなキーホルダーと、うちわ。あとは地元産と書かれた個包装のお菓子が数個。夏油は暫し思考を巡らせると、個包装のお菓子を四つ、購入した。
 甘い味が一つと、塩っ辛いのが三つ。自分を含めた同級生へのお菓子だ。硝子以外の二人が「甘いもの」と言っていたけど、まあ悟は無理だろうけど彼女のほうが譲歩してくれるだろう。ここで買うのは仕舞いにして、後輩や補助監督たちには大きな駅についたときに何か買おう。
 駅に設置された少し遅れている時計を見ていると、ふいにポケットの中の携帯が振動した。チカチカと光った色と点滅の仕方から悟からのメールだと判じた。
 内容は先日行った体術でのやり方について。夏油は少し眉根を寄せ首を傾げる。古武道についてなんて、彼が夏油に尋ねてくるほどの内容ではない。明らかに、悟ならそれくらい解りきっているようなものだ。
 間違っていないよと、文章を打っていると、画面に新着メール受信のお知らせが届いた。誰からだろうと開いてみると、同級生の彼女の方からだった。彼女からの内容もまた、先日の体術でのやり方について。ただし、彼女の方には一文多かった。

——悟が違うって言ってくるんだけど合ってるよね?

 夏油はこの二通のメールを見て、遥か遠方の田舎に居るというのに、東京のあの馴染み深い場所で同級生二人が衝突している姿がありありと目に浮かんだ。
 はあ、とため息が漏れる。外の雨模様も相まって、気持ちが少しげんなりする。
 求められたSOSに応えようと、夏油は悟には「それで間違っていないよ」と、悟に体術を教わっている彼女には「少し違うよ、そこはこうじゃなくてこうだよ」と丁寧に、否定する分彼女の気持ちにも配慮した文章を送った。
 すぐに悟からは「だよな、俺間違ってねーわ。アイツまじで教えてやってんのに違うとか言ってきてあり得ねえ。ムカつく」と返ってきた。返答を思案している間に、その悟がアイツ、と呼んでいる彼女からも返信がきた。入力画面を一旦中止して彼女のメールをみれば「ありがとう。すごく分かりやすかった。私間違ってるところがあったんだね、気を付ける。傑は本当に優しいね、悟は意地悪だし言い方がキツくて話をするのも嫌だ」なんて悪口が綴られている。
 夏油は少し、見えない壁に挟まれている感覚になった。背を預けていたパイプ椅子から体を前屈みにすれば、ビニール袋がガサリと揺れて。
 甘いお菓子は一つ。塩っ辛いものは三つ。悟と彼女なら最悪半分こくらいしてくれるだろうと思ったけれど。
 お願いだから喧嘩はよしてくれ、と唸る。唸りつつも彼の表情に暗さには先ほどのげんなりした気持ちはなくて。
 夏油は呪霊討伐で疲弊した頭で、言い合っている二人とそれを傍観している硝子を想像する。硝子の事だから「またやってるよ」くらいに見ているんだろう。そして、そこにいない筈なのに間に挟まれている自分に、疲れてはいつつも頬が緩む。今回の討伐で取り込んだ呪霊の味の不快さが、少し和らぐ。
 返信画面を開くと、悟には「間違ってないよ、だけど言い方変えてみたら?」と、彼女には「悟が人に教えてることなんて滅多にないから、言い方が悪いかもしれないけど大目に見てやって」両手を駆使して文を打ち続けると送信した。
 遥か遠い東京にいる二人からの言葉に、少し喜びを抱きつつも虚しさのような感情も抱いている。こうやって夏油が二人の為に齷齪しても、東京に帰る頃には二人は仲直りしている。どうせ自分が居ようが居まいが彼らだけで解決してしまうのだ。二人が見ているのは夏油ではなく当人同士。それがわかっているから、嬉しい気持ちの後にふと寂しさが胸の空洞を通りすぎていくのを感じずにはいられない。
 センチメンタルな気持ちが夏油の胸中に浮かぶと、奥に追いやっていた筈の今回の任務での一般人の被害や陰惨さを思い出してしまう。湿気た空気が肌にねばついて、どうにも気分が悪かった。血溜まりはきっと昨夜から降り続くこの雨で流されただろう。それに近頃は同じ呪術師の負傷した姿を見る度、よく分からない——解りたくない——残虐な思考が浮かび上がってくる。
 メランコリックに浸っていると、メール着信を知らせるライトが連続で点滅した。二人からだった。

——早く帰ってきて。傑がいないと無理!

「ふっ」
 同じ内容の文面に、夏油は堪らず相好を崩し笑いを零した。
「しょうがない二人だね」
 少し時間の遅れた時計を見る。まだまだ電車は来そうにない。このままだと硝子からも「二人が喧嘩してる、早く帰ってこい」なんて催促のメールが送られてきそうだ。
 夏油はビニール袋の中に入っている甘いお菓子と塩っ辛いお菓子を取り出す。それを携帯のレンズにおさめると、シャッターを切った。「二人が仲良くはんぶんこできるならね」添付ファイルを見て、彼らが同じ顔をするのを想像した。

 

 


2021.05.22
タイトルは『Garnet』様より拝借。
そこに居なくても思い浮かぶ人。
Twitter「#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負」お題:はんぶんこに投稿したものを加筆修正しています